チェンマイのホステルでマッテオというイタリア人に出会った。30代半ば、会計士を辞めて「自分探し」の最中だった。3日間一緒に過ごした。バイクをレンタルして、2回通った麺屋を見つけて、ホステルの屋上で深夜まで語り合った。出会って48時間の相手に普通なら話さないようなことまで。3日目に連絡先を交換して「ミラノに遊びに行くよ」と言った。完全に本気で。
あれから2年。メッセージのやり取りはたぶん4回。最後のやつは、インスタのストーリーに対する「いいね」のリアクション。マッテオ、もしこれ読んでたら、あの麺屋のこと今でも思い出してるよ。
72時間の親友
旅先の友情は、人生のどんな場面とも違う圧縮されたタイムラインで進む。ホステルやバス停やたまたま入ったバーで誰かと出会って、数時間後には、普通の友達関係なら半年目まで取っておくような話をしている。スモールトークのフェーズがない。徐々にエスカレートする付き合いもない。深夜1時に安いビールを飲みながら「で、本当は何から逃げてるの?」にいきなり飛ぶ。
一部は状況のせいだ。お互い少し不安定で、少し根無し草で、ホームじゃない場所にいる。普段の社会的な鎧が外れる。社会的な影響がないから。お互いの同僚に会うことも、元カレ元カノに会うことも、共通の友達の輪をナビゲートする必要もない。普段の生活では許されないレベルで正直でいることが、感情的に安全なんだ。
そして一部はシンプルに近接性のせい。ホステルは親密さを強制する。見知らぬ人から90センチの距離で眠り、バスルームを共有し、同じ小さなキッチンで料理する。社交の後にプライベートなアパートに引きこもることができない。共有空間が会話を続けさせ、気づけばタマネギを切りながらポルトガル人のバックパッカーに自分の人生全体を話している。
その約束
「ロンドンに来たとき絶対会おうよ」「ソウルに絶対遊びに来て」「来年一緒にタイ行こう」
誰もがこういう約束をする。その瞬間は完全に本心だ。つながりに酔って、共有体験に酔って、旅の不思議な親密さに酔っている。もちろん連絡を取り合うに決まっている。この人は、地元の友達にはわからないレベルで自分をわかってくれる。
そして帰国する。日常が戻ってくる。仕事のメールが溜まる。既存の友達関係が注意を求める。そうしているうちに、カンボジアのハンモックでソウルメイトのように感じた人が、電話帳の中の名前がよくわからない存在になっていく。あれはオーストラリア人だっけ、南アフリカ人だっけ?ルアンパバーンで会ったっけ、別の人だっけ?
リスボンのホステルのWhatsAppグループに入っていたことがある。メンバー14人。ちょうど23日間続いた。最後のメッセージは誰かがシェアしたマラケシュ行きのセール情報で、誰も返信しなかった。善意の小さなデジタル墓地みたいにそこにある。
稀に続くものの正体
旅先で何百人もの友達を作った。実際の、持続する友情になったのはたぶん5人。何が違ったかというと、最初のつながりの強さじゃなかった。強烈なつながりでも消えたものはたくさんある。大抵はもっと地味な理由だった。地理的な近さは助けになった。ノスタルジー以外の、実際に再会する理由があるともっと助かった。正直なところ、お互いの人生に新しい友達を受け入れる余裕があるタイミングで出会った、というのもあった。
メデジンのホステルで出会った友達のサラとは今では定期的に会っている。でもそうなったのは、彼女が僕の街から2時間の場所に引っ越して、1年後にパーティーで偶然再会したからだ。あの偶然がなければ、彼女もまた薄れゆくWhatsAppの連絡先の一つだっただろう。
再会現象
バックパッカールートには、同じ人に何度も偶然出会うという不思議な現象がある。バンコクで出会って、さよならをして、3週間後にホイアンのコーヒーショップで再会する。予想以上によくある。旅行者は似たルートを似たスピードで回るからだ。
こういう再会は運命のように感じる。実際は違う -- みんな同じブログを読んで同じバスに乗っているだけだ。でも、それでもいい何かがある。毎回、時間が経っていないかのように再開する。お互いの近況を報告する。そしてまた別れる。今度こそ最後かもしれない。
あるドイツ人カップルに、東南アジアの旅行中3回偶然出会った。3回目は、シェムリアップのレストランで、さすがに馬鹿馬鹿しくなった。笑い合って、一緒にご飯を食べて、二度と会わなかった。
SNSという幻想
Instagramは旅の友情に奇妙な半減期を作り出す。何ヶ月も話していないのに、相手のストーリーを見ている。ザンジバルのビーチにいるのが見える。次はリスボンのコワーキングスペース。たまにストーリーにリアクションする。相手もたまにこちらにリアクションする。お互いの生活を知っているから友情が存在しているような感覚がある。
実際には存在しない。それは観察であって、つながりじゃない。でも、それ自体はある種の慰めだ。ドアを少しだけ開けたままにしておいてくれる。たとえどちらもそこをくぐらなくても。
不思議な喪失感
誰も準備させてくれなかった感情がある。3日間しか知らなかった人を失う、あの奇妙な悲しみだ。親しい友人を失うのとは違う。どちらかというと……自分自身のあるバージョンを失う感覚に近い。旅の友情は相手のことだけじゃないからだ。その場所で、その時、二度と再現されないあの特定の状況の組み合わせの中にいた自分のことでもある。
マッテオが恋しいのは、本当はマッテオのことが恋しいんじゃない。チェンマイのホステルの屋上にいた、翌朝何の予定もなく、どの麺屋に行くか以外に何の心配もなかった自分が恋しいんだ。
一時的であることは、無意味ではない
以前は、消えていった旅の友情すべてに罪悪感を感じていた。維持しなかった自分はダメな人間なんじゃないかと。でも4回目か5回目の長い旅のどこかで、永続性を求めるのをやめた。もともとそういうものじゃないのに、無理やり永遠にしようとするのは違うと。
72時間で終わる運命のつながりもある。その時間の中で十分に役割を果たしている。あの夜、あの場所で、あの会話が必要だったのは自分であり、相手もそうだった。そしてそれで終わり。それを日常に延長しようとすると、特別だったものが薄まるだけのことが多い。屋上での会話が、共通の冒険がなくなった途端に話題を探して気まずくなるビデオ通話になる。
実際に自分のアパートに来てくれる稀有な友人、旅の友達から本当の友達になってくれる人 -- そうなったら素晴らしい。でも、そうならなくても、元の体験の価値は変わらない。
訪ねてくる人
旅の友人で実際にうちのドアを叩いた人は一人だけいる。ポルトのホステルで出会ったカナダ人のジェイクだ。仕事の途中で通りかかり、突然連絡してきて、2泊うちのソファに泊まった。楽しかったけど、少しぎこちなくもあった。水から出た魚を見ているような感覚。僕が知っているジェイクはホステルのジェイク、冒険のジェイク、夜更かしのジェイクだった。ソファのジェイクはもっと静かで、疲れていて、会話の合間に仕事のメールをチェックしていた。
今でも時々連絡を取り合っている。でも二人とも、ポルトがピークだったことを暗黙のうちに認めていると思う。
旅から帰って続かない友情を嘆くのはやめた。代わりに、そもそもそれが存在したことに感謝するようになった。3日間でも、一晩でも、重なっていた時間がどれだけであっても。旅先で出会う人たちは、長期的な友人になり損ねた人たちじゃない。まさにそうあるべき存在だった。正しい人が、正しい時に、どちらも住んでいない場所で。
それで十分だ。



